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CS60 NEWSLETTER VOL.

2026/03/05

  • Newsletter Vol.360

    CS60ニュースレター 最期まで自分らしく 山口陽子さんインタビュー(第3回)
  • 学校での出来事をきっかけに、自分でも研修を受けた山口陽子さん。やがてそれは、家族の中へと広がっていきます。怪我を繰り返していた娘、体を痛めている祖母、そして自身の体験。時間をかけて現れた変化とは何だったのでしょうか。


    ― ご自身が研修を受けてから、生活はどう変わりましたか?

    山口:一番大きかったのは、家族の中で自然に使うようになったことですね。最初は私だけが研修を受けていました。でも、娘たちも近くで見ていて、「これはすごい」と感じたみたいなんです。のちに二人とも研修を受けました。

    ― 娘さんたち、二人とも?

    山口:はい。特に次女は学生時代、剣道をやっていて、当時は本当に怪我が多かったんです。踏み込みも激しいですし、腱鞘炎や疲労骨折のような状態になることもあって。部活から帰ると「ここが痛い」と言って、自分であてていました。もちろん、私も手伝いますが、本人が自分で向き合うようになった。
    その後、気づけば大きな怪我をせずに引退まで走り切ったんです。偶然かもしれない。でも、「あれ、最近怪我してないよね?」と先生に言われたとき、私もはっとしました。私はそれを「整う力が働いているのかな」と感じたんです。

    ―体のケアに役立っていたかもしれないですね。ご家族の中では、ほかにも印象的な出来事があったと聞いています。

    山口:祖母のことですね。八十代後半で、腰が曲がり、動きもゆっくりになっていました。あるとき西村先生にみていただいたんです。施術が終わったあと、祖母がぱっと明るくなって、会話が弾み出したんです。そして、なんとでんぐり返りをしてしまって。

    ― でんぐり返り、ですか。

    山口:私も本当に驚きました。「大丈夫?」とみんなで慌てましたけれど、本人はけろっとしていて。それがずっと続いたわけではありません。でも、その後の祖母は、どこかのびのびしていたんです。好きなものをはっきり「好き」と言うようになったり、晩年には梅酒を楽しんだり。自分の気持ちに正直に生きている感じがしました。そして、家族がたまたま全員そろっていた朝、いつも通りご飯を食べて、梅酒を少し飲んで、ふっと上を見上げたんです。じーっと空中を見つめて、そしてフッと俯いた時に、静かに旅立っていました。

    ― 皆さんに見送られて、美味しいものや好物を最期まで楽しんで……。まさにピンピンコロリですね。

    山口:はい。悲しみはもちろんありましたが、「その人らしく生き切った」という感覚が強く残りました。私は、あのとき思ったんです。もしかしたら、こういう「整う」時間が、その人の最期にもつながっていくのかもしれない、と。

    ― 山口さんご自身の体験についても、少し伺っていいですか?

    山口:はい。実は、長女を妊娠していた頃、血液検査で数値が低いと言われたことがありました。出産の際には注意が必要だと言われて、慎重に経過をみていくことになりました。二人目のときも同じような状況で、正直、不安はありました。これは西村先生と出会う前の話です。その後、特別なことをしたわけではないのですが、今は数値も安定しています。

    ― 不思議ですね。

    山口:もちろんエビデンスがあるわけではないし、CS60との因果関係も証明できません。でも、「流れが変わった」と感じる瞬間は、人生の中に何度かありました。私は、CS60はその「流れ」に触れるものなのではないかと、仮説として思っています。細胞同士が争っているような状態を、少しだけ仲直りさせるというか。対立しているものを、すっと緩めるというか。
    がん細胞も敵だと決めつけるのではなく、「なぜそこに生まれたのか」と問い直す視点。私は医療の専門家ではありません。でも、人の体や心が何かに蓋をしていたり、流れが滞っていたりするとき、それをほんの少し調整する力があるのではないか、と感じています。

    ― 何か重たいものから、解放されるイメージでしょうか?

    山口:そうですね。解放されると、人は自然に前向きになります。顔つきが変わる。言葉が柔らかくなる。自分のやりたいことを言い出す。
それを何度も見てきたから、私は今、「あったかい気持ちで帰ってもらえたらいい」と思っています。私はゴッドハンドのようなことはできません。でも、CS60を受けると、帰るときに心身が少し軽くなっている。それで十分なんじゃないか、と考えています。

    (続く)