
- 2025/10/02
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Newsletter Vol.339
CS60施術者 佐藤忠義さんインタビュー(後半) 「潜在意識を信じれば夢は叶う」 -

前回に引き続き、本部スタッフの佐藤忠義さんにお話を伺います。―前回のお話で、潜在意識から夢を叶えたというお話がありました。そこからどうされたのでしょうか。
佐藤:34歳のとき、祖父が介護状態になって、妻と子どもを連れて秋田に戻りました。家業を手伝ったんです。でも45歳になると、また「東京に住みたい」という気持ちが強くなってきた。両親には言えず悩んでいたんですが、ある朝山道を散歩していたら、空に光体がスッと流れて消えたんです。「ああ、UFOだ」と思いました。それが「東京に行け」というサインに思えた。そこで両親に話して、許可を得て上京したんです。
結局はその後、10年ほどして珪藻土は採掘し尽くして、会社も解散してしまいました。両親からは「あの時辞めて東京に行ってよかった」と言われました。―その時はどんなお仕事を?
佐藤:外資系の保険会社で営業しました。
これもはじめは飛び込みできつかったのですが、そこそこの成績で国内や海外旅行に招待され楽しかったです。
しかし子供達が大学を卒業した頃から、「もっと生きがいのあることをしたい」と思うようになったんです。
そのときに出会ったのがCS60です。―どのような出合いでしたか?
佐藤:保険の仕事で東京商工会議所に出入りしていて、中野支部の交流会に参加したんです。そこに西村先生と、おかみさん(松橋恵美子さん)がいらしてね。おかみさんは蕎麦屋をしていたんですが、その日だけ「どうしても出なきゃ」という直感があったそうなんです。そこで出会ったのがきっかけで、CS60のスタッフになりました。
―まさに導かれていますね。その後本部スタッフとしてずっと施術や研修を担当されて、これからまた新しい目標があると聞いています。
佐藤:70歳を過ぎたら、CS60を持って世界を旅すると決めていました。CS60に惹かれた理由の一つに、西村先生の「世界を平和にしたい」という願いに共感したということがあります。実は僕が大学3年のときに書いたリストにも「世界を平和にする」とありました。
―どうして世界を平和にしたかったのですか?
佐藤:子どものころ、家庭内でも揉め事があって「なんで人は喧嘩をするんだ」と泣いた経験があるんです。だから「みんなが揉めないで平和に暮らせればいい」とずっと思っていました。
―70歳からということは、来年からスタートということでしょうか。
佐藤:そう計画していたんですけど、今は親の介護があります。
母は91歳で妹と二人暮らし。家の中で2回転んで車椅子になってしまった。だから僕は月に2回ほど秋田の実家に帰省して、母親の施術と介護をしています。
母の部屋は6畳で狭いので居間にベッドを移して、テレビもあるのでそこで一緒に過ごしてもらっています。
夜も心配だから、僕も布団を敷いて母の隣で寝ています。
夜中に母が起きたときに、私の顔を見ると「あぁ、忠義いるな」と思って安心すると言っていました。
母と一緒に寝るなんて小学生以来ですが、不思議と僕もぐっすり眠れるんですよ。
最近母は「やっぱり娘や息子がいてくれてよかった」と言ってくれます。
ピンピンコロリで逝くのは理想ですけど、そうじゃなくても「生きていて幸せだった」と思って最期を迎えてほしいという願いがあります。―今は本部の施術や研修の合間を縫って、月に2回秋田に帰省されていますよね。最近お母様の体調はいかがですか。
佐藤:最初は寝たきりだったのが、今は自力で起き上がって、ポータブルトイレが使えるようになりました。
先日も母親が「忠義が外国に行っていたとき、夜遅く仕事終わって家に帰っていると飛行機が見えて、忠義どうしているかなといつも泣いていた」と話していました。父も母も工場や田んぼで夜遅くまで働いて頑張ってきたので、本当に幸せになってほしいです。だから母親が幸せになるよう母と妹をしっかり支えていきたいと思っています。―本当に親孝行ですね。
佐藤:もしCS60に出会っていなかったら、「母をホームに入れるしかない」と思っていたかもしれません。けれど今は違います。CS60があるおかげで、「母に元気でいてほしい、人生に幸せを感じながら過ごしてほしい」と心から願い、その気持ちのままに一生懸命お世話できています。
振り返れば、CS60は僕の人生に新しい扉を開いてくれました。大学生のころから抱いてきた「世界を平和にしたい」という夢も、いつか少しずつでも形になっていけば――。それだけで十分幸せだと思っています。(おわり)
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