
2026/04/30
Newsletter Vol.368
CS60 INTERVIEW アパレル店長からサロン経営者へ。 西 亮さんインタビュー(前編)お会いした瞬間に、緊張がふっと解ける。優しさと温もりを纏った人柄は、多くの人を癒してきたのだろうと感じました。今号は、そんな西 亮さんにお話を伺います。15年勤めたアパレル店長を辞めて、サロンを経営するまで、どのような道のりを歩いてきたのでしょう。

– 現在、福岡県高宮市でヒーリングサロン『cs60 immaru(イマル)』を経営していますね。その前はどのようなお仕事をされていたのですか?
西:元々は洋服を売っていたんです。友人から誘われて、バイカー向けのアパレルをやっていました。15年続けたので、ひと通りやりたいことをやれていました。
– 洋服を売っていたのですね。全く違う業界から、どういう経緯でCS60に出合ったのでしょうか。
西:20年前に遡りますが、お店にいらっしゃるお客様と一緒にマラソンをしていたんです。健康には気を使っていて、鍛えれば健康になると思っていました。
しかし、35歳を過ぎたあたりから「何か調子が悪いな」と思い始めました。ある日、走って仕事に向かっていたら、心臓が急に苦しくなったんです。それが3日間も続いたので、病院に行くと「狭心症」と診断されました。マラソンのやり過ぎだったみたいです。当時は無理をした方が変われると思っていたのですが、体は悲鳴をあげていたようですね。
さらに、40歳になったある日、目覚めてベッドから起きあがろうとしたら激痛が走りました。「骨が折れたんだな」と思いましたが、心当たりはありません。病院に行って、レントゲンを撮ったり、血液を調べてもらったら、次は「痛風」と診断されました。先生から「これは治らない病気です。お薬を出しますから、これからは病気とうまく付き合ってください」と言われましたが、「ずっと治らない病気なんて、おかしい!」と感じていました。
言われた通りにその薬を飲んだら、テンションは下がり、やる気がなくなり、どんよりとした気持ちになるんです。「これは飲んだらいけないな」と思い、次は漢方を試してみました。生活リズムを整えれば代謝が上がる。できる限りやって、少しずつ調子が良くなりました。
その頃に、パートナーからCS60を紹介されたんです。「ちょっと受けてみよう!」と軽い気持ちから始まりました。
– どちらで施術を受けましたか?
西:東京まで西村先生の施術を受けに行きました。最初は全然痛くなかったのに、膝の裏で激しく痛み、肝臓部分の時には耐えられない程でした。最後は汗びっしょり。しかし、外に出たら、いつもより視界が明るく晴れ晴れとした気持ちになっていたんです。本当に、感動的でしたね。笑いながら電車に乗ったのを覚えています。
「これはすごい!」と思って、自分でもデバイスを持ちたいと思うようになりました。

– その後、研修に参加されたのですね。印象に残っているエピソードはありますか?
西:ある姉妹に出会ったのですが、お姉さんが重い病気を患っていて。既存の治療を受けたくないということで、私と同じ研修にいらしていました。西村先生がお姉さんの施術を始めた時に先生から「西さん、手を握っていて」と言われたので、彼女の手を握り「頑張れ!」と声をかけ続けました。施術後、彼女の顔色が良くなっているように感じました。
卒業する時、「研修だけでこれから大丈夫かな」と不安を抱いていたら、姉妹がやって来て「西さん、大丈夫よ。愛を持ってやれば、優しい気持ちでやれば、お客様には伝わるから頑張ってね!」と背中を押してもらったのを覚えています。
– 福岡に戻った後、最初からサロン一本に絞って始めたのですか?
西:サロンを始めた頃は両立して、1年後に前職を辞めました。最初に予約を入れてくださったお客様は今でも来てくれているんです。そういったお客様が少しずつ増えてきて、こうやって続けられているのはありがたいことです。
(つづく)