すべての人のウェルネスを願って日本で開発された、ヒーリングデバイス CS60Newsletter Vol.149CS60ニュースレター 三木 万紀子さん(後編) | すべての人のウェルネスを願って日本で開発された、ヒーリングデバイス CS60
2022/01/27

Newsletter Vol.149

CS60ニュースレター 三木 万紀子さん(後編)

前回に引き続き、「CS60 SALON 楽」の三木万紀子さんにインタビュー。前職を辞め、CS60のサロンを始めたときに、不安や苦労はなかったのでしょうか? 今に至るまでの道のりを伺いました。

―お仕事を辞められて、すぐにサロンを開いたのでしょうか。

三木:「私は人生の後半をどうやって生きていこう」というのがずっとテーマで、2~3年悩んでいました。「もし何か見つかったらすぐに仕事を辞めよう」と思っていたときに、出合ったのがCS60でした。「私の人生の後半はCS60と共に生きよう」と決めた瞬間から、なんの確証もないのにワクワクしていたのです。これがあったら、私の人生楽しいだろうなという予感がありました。

―施術を受けたときからそういう気持ちになったのですか?

三木:「研修を受ける」と決めたときからです。東京に行って1週間滞在するという不安もなくて、ただ「徳島にCS60を持って帰れる」ということでワクワクしかありませんでした。不思議なくらい、不安はまったくなかったのです。

―研修を受けてすぐにサロンをオープンしたのでしょうか。

三木:実は、研修を受けたときはサロンをするつもりはなかったんです。研修から帰ってきてから、「どうせ持っているならサロンをしたほうがいいな」と思いました。私がCS60を知ってから、家をリフォームしてサロンを始めるまで、たった半年しか経っていません。

―すごくスピーディな展開ですね。

三木:これって、私に「CS60をしなさい」という後押しがあったからだと思うのです。「人生の後半はCS60と共に進め」という合図だととらえています。この子(CS60)がいたら不安が一切ありません。

―三木さんはCS60と一緒に寝ているそうですね。

三木:相棒なので。寝るときも枕元に置いて、何かあったら一緒に逃げるつもりでいます。この子さえいたら、何があっても生きていける感じがするので。生き物みたいです。

―オープンしてから集客は大変ではありませんでしたか?

三木:私は「3年間売上0でも絶対やる」と決めていました。そんなに簡単に理解されるものでもないし、売上は捨ててでも、結果を出せるように修行するのが先だと思っていたのです。3年間誰も来てくれなくても、家族や友人、知り合いなど一人でも多くの人に施術して、結果を出そうと決意していました。

―すごい決意ですね。実際に開業してみて、会員さんはいらっしゃいましたか?

三木:自宅のリフォーム中にLINEのタイムラインで告知したんですけれど、それで50人くらい来てくれました。

―反響が大きかったんですね。

三木:リフォーム中は、初回は無料で、2回目は「好きな金額を入れてもってきてください」という方針でしていました。

―プレオープン中はそんな感じで、たくさんの方にお試しいただいたのですね。LINEのタイムラインだけでそんなに集まるのは、三木さんのネットワークの広さも関係あるかもしれません。

三木:人が人を呼んでくれた感じです。1人が8人くらい呼んでくれました。オープン前に50人の方に施術することで勉強させていただいて、おかげさまでオープンの時点では人の体に触れることは躊躇なくできるようになっていました。

―オープンする前から口コミでどんどん広がっていったのですね。すごいです。今後の夢はありますか?

三木:このまま死ぬまでCS60をしていきたいです。それと、自分が施術した方は、その瞬間から年をとらないようにしたいです。受けた瞬間の体力や体内年齢のまま、80歳、90歳を迎えてほしいと思っています。できれば見た目も若返るように施術したいです。

―非常に熱い気持ちが伝わってきます。何がそんなに三木さんを突き動かすのでしょうか?

三木:私のまわりには病気の人がたくさんいたのです。病人さんはもちろん大変なのですが、看病している方はその3倍大変だということを、私自身も体験しています。お世話で苦労する方を減らすためにも、病気の方をいやしていきたいと思っています。

―ありがとうございます。四国には三木さんのようにエネルギーにあふれる方がたくさんいらっしゃいますね。自然豊かな中で施術すると、CS60のパワーもより強く感じそうです。
今後の展開も楽しみにしています。

(おわり)