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2023/11/02

Newsletter Vol.239

北海道「菅野農園」菅野仁恵さん (前編)

北海道富良野市で「菅野農園」を営む、FLの菅野仁恵さん。30年以上にわたり、無農薬の無化学肥料でじゃがいもや玉葱、南瓜などの野菜を栽培しています。どうして農家をするようになったのか、そしてCS60のFLになろうと思ったのか伺いました。

―さきほど菅野農園の玉葱畑に行きましたが、端が見えないほど広くてビックリしました。どのくらいの規模なんですか?

菅野:ご覧になった玉葱畑は、2町7反です。畑は散り散りにあって、全部あわせたら21町で、そのうち4町を牧場に貸しています。なので、実質作っているのは、17町です。

―「町」という単位はなかなか聞きません。東京ドームが約4.7町ですから、相当な広さですね。どんな農法で野菜を育てているのでしょうか?

菅野:有機農法です。畑には発酵鶏糞や米ぬかに魚かすのエキスを吹きかけた肥料、福ぼかし、ミネラルを撒いています。作物には光合成細菌や黒麹エキス、海洋深層水などをかけているんですよ。

―化学肥料を使わずとても大事に育てているのですね。
菅野さんがどうして農家になったのか伺いたいのですが、ご実家は北海道ですか?

菅野:いえ、実は、倉本聰さんという方が主催する「富良野塾」に参加するために東京から北海道に来たのがきっかけです。富良野塾って、倉本聰さんが役者とライターを育てるために作った塾なんです。

―ということは、菅野さんは役者かライター志望だったんですか?

菅野:大学生のとき児童劇団に入りまして、役者と裏方として全国の小学校を回っていたのですが、そんな中、母校の小学校で公演することになったんですけど、結果、もうひどい不評で。「大根役者」とか「役者に向いてない」等言われて、ライターの方に転向した次第です(笑)。

―そこから農業を始めるまでに何があったのでしょう。

菅野:富良野塾は無料の塾なのですが、生活費は自分たちで稼がないといけません。農協に登録して、派遣のような形で農家の手伝いをしました。その行き先の一つが、菅野家だったんです。

―まさか、その農家のお手伝いでご主人と出会ったんですか?

菅野:そうなんです。富良野塾卒業後に、菅野農園に永久就職しました(笑)。
はじめのうちは腰も痛いし大変でしたけど、いろいろな農家さんに行って仕事しているうちに、「家族が一体となって一つの目標を目指すのは素敵だな」と思ったんです。私はサラリーマンの娘なので、農家で家族みんなが協力しあっている姿に惹かれました。

―素敵ですね。
農家の朝は早いと伺いますが?

菅野:そのときどき栽培しているもので違います。ハウスものだったら朝早いですし、ホウレン草でしたら4~5時。今の栽培は6~7時くらいでラクしていますよ。

―6~7時でもかなり早いですね。終わりは何時頃ですか?

菅野:それも栽培するものによりますが、基本的には暗くなるまでですね。
昔は夜中に玉葱の収穫をすることもありました。天候の影響もありますし、いろいろ栽培していたので、夜中に作業しないと間に合わなかったんです。私たちだけではなく周囲の畑の人はみんなしていましたね。だんだん機械が発達していくと仕事が早くなるので、そういうことも減りました。

―機械化で楽になったとは言え、日の出から日が沈むまで農作業をされているのですね。

(つづく)

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